東京地方裁判所 昭和24年(ワ)5521号・昭24年(ワ)3493号 判決
原告(併合原告) 居戸末造
被告 合資会社かほる
併合被告 株式会社北隆館書店
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
(昭和二十四年(ワ)第三四九三号事件の当事者の主張)
原告訴訟代理人は「原告が東京都中央区銀座五丁目四番地の宅地四十一坪一合三勺余の内十六坪二合五勺の部分(別紙図面<省略>添附。以下本件土地と称する。)につき、借地権を有することを確認する。被告は原告に対し同番地所在宅地二十八坪六合三勺余に跨る木造トタン葺二階建一棟建坪三十二坪二階十八坪(以下本件建物と称する。)の中、本件土地上に存在する部分を收去して、本件土地の明渡をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に土地明渡の部分についての仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
訴外株式会社北隆館(以下訴外会社と称する。)はその所有する東京都中央区銀座五丁目四番地宅地四十一坪一合三勺の上に、木造瓦葺二階建一棟二戸建を所有していた。原告は昭和十一年訴外会社から右一棟中向つて右の一戸の階下建坪十六坪二合五勺の倉庫を住居兼店舗に使用する目的で、賃料一ケ月金百三十円、敷金千二百円で期限の定めなく賃借使用していたが、昭和二十年五月二十五日、右建物は罹災滅失した。昭和二十一年七月二十一日、原告は訴外会社に対し、書面を以て右賃借部分の敷地であつた本件土地の賃借を申込み、更に同年十二月中旬自ら訴外会社に赴き、取締役福田一雄に対して、本件土地について、罹災都市借地借家臨時処理法第二条にもとずき建物所有の目的で賃借権設定の申出をした。福田は右の土地は既に被告に使用を許しており、一切の紛争は被告が処理することになつているから、被告と交渉せられたいと答えたので、原告はその足で本件土地に赴いたところ、本件土地の道路に面する方には被告の設けた粗末な板塀が存したが、土地は空地のままであり本件土地の道路から向つて右寄り隣接地には一棟のバラツクが建つて被告が喫茶店を営業していた。原告はこの時にはこれを見届けた丈で帰つたが、訴外会社からは前記申出後三週間内に拒絶の意思表示はなかつたから、原告は本件土地につき賃借権を得た。よつて原告は被告に対し書面で右空地部分に原告が賃借権を有することを通告した。然るに被告は原告の賃借権を無視して本件建物を築造し、本件土地を不法に占有使用しており、本件土地を訴外会社から買受けてその所有者となり従つて訴外会社の本件土地賃貸人たる地位を承継したものである。よつて被告との関係において原告が本件土地について借地権を有することの確認を、被告が本件建物中本件土地上に存する部分を收去し、原告に対して本件土地を明渡すことを求める。
と述べた。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対し、
本件土地を含む銀座五丁目四番地宅地四十一坪余の上に戦前二戸建一棟の家屋があつたこと、それが昭和二十年五月二十五日罹災滅失したこと、昭和二十一年十二月上旬原告が福田一雄に会つたこと並に被告が現在本件土地に跨つて本件建物を所有することは認める。原告が戦前右罹災建物の一部を賃借していたこと、戦後書面をもつて本件土地賃借を申込んだこと、並に福田が原告に話したことの内容は不知である。その他の事実は否認する。本件土地の所有者は訴外岡田真一であり、これを賃借して、二戸建一棟の建物を所有していたのは併合被告株式会社北隆館書店(当時の商号北隆商事株式会社。以下被告会社と称する。)であつて訴外会社は本件土地とは関係がない。故にかりに原告主張のとおり原告が訴外会社に対し申出をしたとしても、それは効力がない。
と答えた。
原告訴訟代理人は、これに対し更に、
本件土地所有者が訴外岡田であることは認める。然し昭和十一年原告が訴外会社から借家して以来、訴外会社は常に自己が本件土地所有者であるように話して来たので、原告はこれを信じていたのであり、これを信じたについて過失はないから原告の訴外会社に対する申出は民法第九十三条によつて、信じたとおりの法律効果を受けるのである。
又訴外会社と被告会社との取締役も代表取締役も同一であるばかりでなく、昭和十一年原告が罹災建物の一部を賃借した時の土地借地権者建物所有者は訴外会社であつて、被告会社の前身である北隆商事株式会社はその後昭和十七年十二月二十九日設立されたのであり、借地権所有者が変つたとの通知を原告は受けていないし、更に訴外会社の取締役である福田一雄は昭和二十二年二月四日に訴外会社専用の用紙で罹災建物の賃料等について原告方に通知している事実があり、商法第二百六十二条により原告の借地の申出は、借地権者が訴外会社であるか被告会社であるかに関せず、効力あるものである。
昭和二十一年十二月中旬原告が福田一雄に対してなしたのは、借地権譲渡の申出であり、先に賃借権設定の申出として主張したところは撤回する。
と述べたところ、
被告訴訟代理人は、
右の撤回には異議がある。借地権譲渡の申出があつたことは否認する。
と答え、なお本案前の抗弁として、
本件訴訟は罹災都市借地借家臨時処理法第二条、第三条の賃借権設定或は借地権譲渡の申出の有無にかかるものであるが、同法第十五条、第十八条により、これに関する争は非訟事件手続法によつて処理すべきものである。故に非訟事件としての申立をせずに直ちに借地権の確認を求める原告の請求は不適法として却下せらるべきである。
と述べた。
(昭和二十四年(ワ)第五五二一号事件の当事者の主張)
原告訴訟代理人は、原告と併合被告との間において原告が本件土地につき借地権を有することを確定する旨の判決を求め、請求の原因として、又被告会社の主張に答えて、前記の原告主張と同様の事実を述べ、かように原告が福田一雄に対してなした申出の効力は借地権者たる被告会社に及ぶから、被告会社との関係に於て原告が本件土地につき借地権を有することの確認を求める。と陳述した。
被告会社訴訟代理人はこれに対して、
訴外会社が戦前銀座四丁目五番地宅地四十一坪余の上に二戸建一棟の建物を有し、これを原告主張のような条件で賃貸していたこと、右の建物が罹災したこと、原告が福田一雄と会つたこと、被告かほるが本件土地に跨つて建物を所有していること、並に被告会社がもと本件土地借地権者であつたことは認める。その他の主張事実は争う。昭和十一年当時は訴外会社が本件土地の借地権者であり罹災した建物の所有者であつたが、昭和十四年八月五日、当時の商号を北隆商事株式会社といつた被告会社が借地権と建物とを譲渡され、原告に対する建物の賃貸人となつていたのである。福田一雄に対する原告の申出は、被告会社がもとのように家を建てて原告に貸して欲しいというのであつたが、当時被告会社には、その余裕がなかつたので、本件土地は他の部分も含めてその利用一切を訴外飯田亀三郎に委任したから同人に交渉するように告げた所原告はこれを了承したが同人方にはゆかなかつたのである。原告は訴外会社に対し賃借権設定の申出をしたと主張するが、訴外会社は既に本件土地に関係がないから、この申出は効力がない。かりに代表取締役を同じくするため訴外会社に対する申出が被告会社に効力を及ぼすとしても、被告会社は土地所有者ではないから、賃借権設定の申出をしても効力はない。
と答え前記同様の本案前の抗弁を主張した。
(両事件の証拠)
<省略>
三、理 由
一、先ず本案前の抗弁について判断する。元来民事訴訟手続は私法法規を前提し、法規に抽象的に予定されたものを実現することによつて私人間の生活関係を調整しようとするものであり、非訟手続は国家が端的に私人間の生活関係に対して干渉し後見的作用を営むことを主眼とするものである。罹災都市借地借家臨時処理法の借地権譲渡の申出によつて、借地権を得たかどうかに関する争はこの意味で正に民事訴訟の範疇に属すべき事件である。同法第十五条、第十八条によれば、この争は非訟事件手続法によつて処理せらるべきものであるがこれは同法の立法趣旨に鑑み、この種紛争をできるだけ迅速に解決して当事者の要請に答え、罹災土地の利用復興をはかるため、非訟手続によりうるとしたものであつて、通常の民事訴訟手続を排斥したものであるとは考えられないばかりでなく、もし排斥したとすれば、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないとし、裁判の対審及び判決を公開法廷で行うべきものと宣言する憲法の規定も無視されることになるであろう。すなわち同法第十五条、第十八条にも拘らず、民事訴訟手続にもよりうると解するのを相当とする。従つてこの抗弁は採用しない。
二、次に原告の事実主張の変更に関する争について判断する。原告ははじめ訴外会社を土地所有者とし、これに対して賃借権設定の申出をしたから、賃借権が設定されたものであると主張したが、被告の答弁書によつて被告会社が借地権者であつたことを知り借地権譲渡の申出をしたことに主張を改め、設定申出の主張を撤回せんとしたのである。同じく本件土地に対する賃借権であつても、その賃貸人が異る以上、別個の権利が訴訟物となつているのであるから新主張によつて新たな請求がなされたものであり、すなわち訴の変更があるといわねばならない。然しながら、両主張ともそのもとずく所は昭和二十一年十二月中旬の原告と福田一雄との会見であり、又いずれも本件土地に対する原告の賃借の権利を主張するのであつて、原告の追求する経済的利益は同一であるから、請求の基礎に変更あるものではなく、又原告は第一回口頭弁論で被告代理人が答弁書にもとずき陳述した所に応じて次回口頭弁論に於て直に右新主張をなしたものであるから、訴訟手続を遅滞せしめるものでもない。故に原告の新主張はこれを許容すべきである。然しながら旧主張の撤回については異議が存するので、この点について考察するに、被告代理人は原告の旧主張を否認していたのであるから、原告は裁判上の自白として旧主張に拘束されているわけではないが、旧主張の撤回は即ち旧請求の撤回であつて、事実上訴の取下と同視すべきであると考えられる。故に既に弁論に入つていた以上撤回には被告の同意を要すべきところ、被告は異議によつて積極的に不同意を表明したものと認められるから、この撤回は許容すべきでない。
三、次に本案に入つて判断することとし先ず申出があつたかどうかについて考察するに、
(一) 昭和二十一年十二月中旬頃原告が訴外会社に赴いて福田一雄に会つたことは当事者間に争がなく、証人福田一雄の証言(第一、二回)並に原告本人訊問の結果によれば、この時原告が福田に対して「又貸してくれ」或は「もう一度彼処を貸してくれないか」といつた趣旨の頼みをしたことが認められる。然しながら、この申出が果して原告の新主張のように借地権譲渡の効果を意欲してなされたものか、どうかについては、これを肯定的に解すべき何の証拠もない。かえつて前示のように、原告が本件訴訟においてはじめ借地権設定の申出をしたと主張していた事実、其他弁論の全趣旨からは、当時原告が訴外会社を以つて本件土地の地主であると誤つて思い込んでいたことが認定でき、地主に対して借地権譲渡の申出をするわけはないから、このことからも原告は譲渡の申出はしなかつたものと考えられる。
(二) 然しながら原告主張のとおり、昭和十一年借家以来原告が右土地の地主を訴外会社と信じ、訴外会社も特にその誤解を解こうとしなかつたのであるとすれば、そのような事情の下に原告が訴外会社に対して土地使用について申出る場合、それが借地権譲渡でなく賃借権設定の申出となるであろうことは当然のことであり、かかる場合設定の申出に譲渡申出の効力を認めることは、いわゆる無効行為転換の法理から推して、必ずしも考えられぬことではない。そこで進んで原告の頼みが、原告の旧主張のように賃借権設定の効果を意欲してなされたものかどうかを按ずるに、前記認定の表現は一見「土地を貸してくれ」との趣旨のように考えられるけれども、(イ)福田証人の証言(第二回)によると同人は「又家を建てて貸してくれ」という意味に理解したこと、(ロ)原告本人訊問の結果によると、この時原告は福田から土地を使いたいなら飯田亀三郎と直接交渉するようにといわれ、自から本件土地に赴き、それが塀で囲まれ、潜戸には飯田ハルの標札があること、その隣地は飯田の経営している被告喫茶店かほるのあること迄見ていながら、被告に何等の挨拶することなく帰つてしまつたことが認められるのであつて、原告は被告の建物に標札が出ていなかつたとか、雨が降つていたとか、手紙の方がよいと思つたとか述べているが、折角その用件で出てきていながらこのような些細な理由で訪問をやめるということは一寸考えられないことであり、原告の行動からは、原告本来の意図が以前のように被告会社に家を建てさせてそれを借りることにあつたため、そのあてが外れると自ら直接に地所を借りる気にはならなかつたので、被告の建物を見ながら、黙つて帰つたのではないかと推測されること、(ハ)又この時以後本件訴訟の提起にいたるまで書簡によつて微温的な交渉をなしたことは原告本人訊問の結果から認められるが、それ以上何等積極的な行動に出ずに長日月を経過したことも原告自身に直接土地使用の意思があつたかどうかを疑わせること等を考え合せると、必らずしも「土地を貸してくれ」という意味であつたとは認定することを得ない。要するに賃借権設定の申出をしたとの原告主張については、原告の立証によつて心証を得るに足らず従つて挙証責任の原則によつて不利益は原告に帰せらるべきものである。
(三) 又賃借権設定の申出、借地権譲渡の申出は、申出当時、既に他にその土地を権原により建物所有の目的で使用する者があるときは、申出自体が許されぬものであるが、証人岡島憲、同福田一雄、同飯田亀三郎の各証言並に原告本人訊問の結果を綜合すると、原告の申出当時本件土地の借地権は既に被告会社から被告かほるの経営者飯田に譲渡され、飯田は本件土地を板囲していてその隣接部分には建築中の家が存在した状態であつたと認めることができる。(上記各証言中右認定に反する部分を採用しない。)故に申出当時本件土地については権原により建物所有の目的でこれを使用するものがあつたと判断せられる。この点からいうも原告の申出に譲渡の効力を認めることはできない。
以上いずれによるも原告が有効な申出をなしたとは認められない。又それ以前に書面をもつてなした賃借の申込があつたことは、原告本人訊問の結果からこれを認めることができるが、この申込に対して承諾の意思表示の存した証拠はなく、又この申込は昭和二十一年七月二十一日頃なされたと認められるので、臨時処理法施行以前であるから、同法に所謂申出の効力を有するものでもない。故にその他の原告主張を判断する迄もなく原告は本件土地について借地権を取得していない。従つてこの借地権を前提とする被告かほるに対する家屋收去、土地明渡の請求も理由がないこと明らかである。
よつて原告の請求は全部失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤完爾 和田嘉子 倉田卓次)